不起訴事例のご報告(ビットトレント利用の著作権法違反被疑事件(刑事事件))

不起訴になったFさんのご紹介
不起訴事例の発生について
弁護士早河弘毅刑事事件で不起訴の事件が発生しました。



非常に関心の高い分野であると思いますので、以下丁寧に解説をさせていただきます。
刑事告訴がされ、警察が取調べや捜索などの捜査を開始し、事件が検事に送られた後、訴追裁量を有する検事が起訴をしない処分をした事件のこと。
不起訴の場合は、前科がつかず、罰金の支払いもありません。
Fさんの事例
Fと申します。
今回、不起訴となりました。
意見照会書を受け取って以来、トレントは一切利用していませんでしたが、その後、捜索と取り調べを受けました。
不起訴になったとはいえ、トレントによる著作権侵害は絶対にするなというのが私の意見です。
前科がつくことはありませんでしたが、捜索をされたのは本当にびっくりしましたし。
今となっては落ち着いて振り返ることも、皆さんにこうしてお話しすることもできますが。
あんな思いはもうしたくないですし、皆さんにもしてもらいたくないので、意見照会書が届いていない方も、この記事を見たら絶対に利用をやめてください。
正直に申し上げますと、それが、私が皆さんにできる最大のアドバイスだといっても過言ではないと思います。





ありがとうございます。



捜索がそれほど恐ろしいものであるならば、刑事事件になる前に示談をしたほうが良い、というお話にはなりませんか?



もちろん、刑事事件化する件数はとても少ないです。



しかし、示談をしてしまえば、示談の対象となった事件については、刑事事件化する可能性はゼロにできますよね。
まず、私はトレントを利用してしまったことは、悪いことだと認識しています。
意見照会書が届いた後、調べて、トレントがダウンロードしているだけではなく、アップロードもしていることも知りました。
それが、メーカーの利益を害するものだという理屈も理解はできます。
しかし、私はメーカーの請求には納得は行っておりません。
トレントを使ったことを反省することと、メーカーの請求に言いなりになって従うことはイコールではないと考えています。
だから私は、安易に示談をしないほうが良いということをむしろ申し上げたいとは考えています。



わかりました。



それでは、詳しくお聞きしていきます。


Fさんのご紹介



それでは、簡単に、Fさんの自己紹介をお願いします。
はい。私は、もともと意見照会書の段階では弁護士に依頼をしておらず
刑事告訴がされ、捜索がされた時点で、インターネット検索をして見つけたほかの弁護士の先生に依頼をしました。
その先生にも適切に対応をしていただきましたが、その後少し考えて、ほかの先生にもアドバイスを受けたり、あとは民事訴訟になった時の備えをしたいと思いました。
それで、早河先生にも民事の件で依頼をしたという次第です。



はい、ありがとうございます。
不起訴について



お聞きしますが、不起訴になった理由はどのようなものですか?
アップロードの時点でアップロードの故意がなかったため、と言われております。



ありがとうございます。



アップロードの時点で、というのが重要ですよね。



Fさんが、当時のアップロードの故意をどうやって確認したか教えていただきたいです。
アップロードの当時(タイムスタンプ)は、かなり以前の時点でありましたので、当時の記憶はほとんどありません。
パソコンの履歴なども確認しましたが、自分がその点についてあらかじめ知識を得ていたということは確認できませんでした。
ですので、私は認識のとおりに警察の方にも検察の方にも説明をしました。



ありがとうございます。
行為責任同時存在の原則との関係について



刑法には「行為責任同時存在の原則」というものがあります。



本件に即していえば、「アップロード(犯罪行為)の故意が、アップロード(犯罪行為)の時点で存在していなければならない。」のです。
故意は,実行行為(構成要件該当行為)の時点で認められることが必要である。これは行為と責任の同時存在の原則と呼ばれる基本原則に基づく要請である。
山口 厚 (早稲田大学教授,東京大学名誉教授)/著『刑法総論 第3版』(有斐閣、2016年)216頁



捜査官に「(アップロードすることを)わかっててやってたよね?」などと聞かれ



「はい、そうです」と返答すれば、その時点でこの「行為当時の故意」があったということで話が進んでしまうリスクがあります。



その旨調書を作らされてしまうと、自力では挽回が難しくなります。



というか、「いいえ、私はアップロードの時点では」と説明をしようとしても



警察によっては「言い逃れをしようとするな」など無茶なことを言ってくる可能性もあります。



ですので、次の点がまず重要になってくると考えます。
- トレントがアップロードを同時に行っていたことを「今知っている」のと「タイムスタンプの当時に知っていたかどうか」の問題が、別であることを理解する。
- 行為責任同時存在の原則により、「今知っている」としても、犯罪が成立しないことがある、ということを理解する。
- 「タイムスタンプの当時に知っていた」という事実が確定しない限りは、犯罪が成立しない。
罪刑法定主義との関係について



Fさんのケースではありませんが



警察が、「注意していれば気づけたのではないか」というようなことを指摘してくる可能性があります。



しかし、単なる過失(不注意)があったとしても、処罰されることにはなりません。



なぜなら、トレントを利用した場合における著作権侵害について、過失犯を処罰する規定がないからです。
刑法は、故意犯の処罰を原則とし、過失犯を処罰するには、その趣旨を明示した「特別の規定」を置かなければならない(38条1項ただし書)。
井田良 丸山雅夫 著『ケーススタディ刑法[第5版]』(日本評論社、2019年)19頁
(故意)
第三十八条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
第二十八章 過失傷害の罪
(過失傷害)
第二百九条 過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
(過失致死)
第二百十条 過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。
(業務上過失致死傷等)
第二百十一条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。



著作権法上には過失犯の処罰規定がありません。



ですので、単なる不注意を理由に処罰されることはありません。



もっとも、「アップロードをしているかもしれないが、それでもかまわないと思った」という心理状態にあったと供述すれば、これは未必の故意と評価される危険があります。
- 「過失」による処罰のためには、特別の規定が必要(刑事事件の特性)
- 単なる不注意を理由に、著作権侵害で罰せられることはない
- 「アップロードをしているかもしれないと思ったが、それでもかまわないと思った」という供述は、それが真実であるかどうかをよく確認して、慎重に行うこと。
今後への影響について



権利者は、刑事告訴を行うことを予告したうえで民事の交渉を行ってきました。



事実上、これによって交渉を有利に進めている面があったわけです。
刑事告訴は、発信者が最も恐れている展開であり、これがあるから、正常な判断力を失ってすぐに示談をしてしまう人もいます。
とくに、匿名のインターネット上では、強い言葉が飛び交いますので、刑事告訴は、「されたら人生が終わる」とという言説さえ目にすることがあります。
まず、大前提として、有罪となり、前科がついたとしても、そのことで人生が終わるということは全くありません。「終わる」とは何でしょうか。実際に前科がついた経験をした人の発信とは到底思われない内容です。
前科があっても、そのことを周りに知られることなく、社会生活を送ることができます。何の問題もなく生活しているのが普通です。
そもそも、アップロードの時点でアップロードの故意がなければ、起訴されることすらないケースもあります。
今回、Fさんはそのことを実例をもって示してくださったと言えます。
大切なことは、焦ってお金を失わないことであると思います。
あなたがすべきことについて



まず、ご自身の記憶を再確認しましょう



意見照会書のタイムスタンプを確認するところから始めます。
まずは、問題となるアップロードの日時を確認することです。この時点でアップロードの認識はありましたか。この点が問題となります。
当時において認識があるという場合
当時においてアップロードの認識がある場合は、著作権法上の刑罰法規が適用されます。
このような事実関係の元では、あなたのしていたことは犯罪であり、このような責めを負う可能性自体は、考慮する必要があります。



弁護士の仕事は「黒を白にする」仕事ではありません。



捜査機関が「白を黒にしようとしているときにこれをさせない」のが仕事です。



だから、アップロードの当時にアップロードの故意があって、そのことが確認できるという状況であるならば、弁護人として活動できる範囲は減少します。



もっとも、仮にアップロードの当時にアップロードの故意があったとしても、刑事告訴をされる可能性自体が現状とても低いことは申し上げておきます。
刑事告訴をされている件数が現状とても少ないことは重要です。しかし、刑事責任を負う可能性をゼロにしたいということまで望むのであれば、権利者との示談は検討をする価値はあります(その場合は、弁護士に依頼をすることは不要ではあると思います。)。
第百十九条 著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者(第三十条第一項(第百二条第一項において準用する場合を含む。第三項において同じ。)に定める私的使用の目的をもつて自ら著作物若しくは実演等の複製を行つた者、第百十三条第二項、第三項若しくは第六項から第八項までの規定により著作権、出版権若しくは著作隣接権(同項の規定による場合にあつては、同条第九項の規定により著作隣接権とみなされる権利を含む。第百二十条の二第五号において同じ。)を侵害する行為とみなされる行為を行つた者、第百十三条第十項の規定により著作権若しくは著作隣接権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者又は次項第三号若しくは第六号に掲げる者を除く。)は、十年以下の拘禁刑若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
第百二十三条 第百十九条第一項から第三項まで、第百二十条の二第三号から第六号まで、第百二十一条の二及び前条第一項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
当時において認識がない場合
まずは、パソコンを確認し、検索履歴などをチェックしましょう。アップロード当時の認識があるかどうかを、ご自身でもきちんと確認する必要があります。
検索履歴をもとに、記憶を喚起し、思い出すことに努めましょう。タイムスタンプより前の時点で、トレントのアップロードに関する調べ物をしていたのであれば、基本的にはタイムスタンプの時点(アップロードの時点)では、故意があったと見るのが自然ではないでしょうか。
思い出せないということもあると思いますが、まずは検索履歴、他には手帳や日記など、過去にまつわる資料を再確認し、当時のことを再確認することであると思います。
さらには、トレントのクライアントがまだ残っているのであれば、アップロードをしないように注意しつつ立ち上げてみましょう。アップロードに関する警告が表示されたり、利用画面において、アップロードをすることが示されていないでしょうか。タイムスタンプの当時も同じソフトを使っていたのであれば、同じ表示はなされていた可能性が高いと思われます。
以上の操作をしても、やはり記憶がないということであれば、冤罪を負うことがないように毅然と対応していくことになります。
ご不安があれば、お問い合わせください。
当時の認識に関する記憶がない場合
記憶がなく、上記の手立てを講じても思い出せないということであれば、結局のところ、故意があったと認めることはできないのですから、不起訴を狙っていくことになります。
この場合もご相談ください。
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作成日
本記事は、私早河弘毅が令和8年10月23日に作成し、その後改定はしていません。





